ムンバイ市のスラムといえば、映画「スラムドックミリオネア」の舞台となっており、まだ記憶に新しいところである。5月にそのスラムを対象とした現地調査に3週間行ってきた。
昨今の金融危機や昨年11月に起きたテロの影響も感じさせないほど、ムンバイの街は熱く、活気に溢れていた。街中はタクシーや行き交う人の人いきれで喧騒にまみれている。
インド経済の中心である商業都市ムンバイの人口は1,300万人、ムンバイ都市圏で見れば2,000万人を越える。(ちなみに東京都が1,200万人、東京首都圏は3,400万人(世界最大の都市人口)。)そのうち推定54%がスラムに居住している。
ムンバイはインド経済の牽引役として、著しい経済成長を遂げているのに対し、社会インフラの整備が追いつかず、住宅不足が慢性化しており、通勤列車や道路交通の混雑が深刻で、大気・河川等の環境汚染も著しい。水道・電力供給は比較的安定しているものの、スラム街近接区域での違法接続に伴う事故、障害も多い。これはムンバイ市が半島に位置しているため、利用可能な土地に限界があることも大きな障害となっている。一家族あたりの構成人数は5人で、中流階級と呼ばれる層は約25平米の狭い住居に暮らす。郊外地域からの通勤時間は平均1~2時間を越え、通勤列車は人であふれている。列車の屋根にもよじ登って通勤する風景も有名であるが、これは混雑した列車内よりも外の空気を楽しもうとする学生が多いという最近の調査分析(政府職員による覆面調査)が地元新聞に載っていた。おそらくアドボカシーの狙いもあるようだが、実際、屋根に登って列車に乗る人は見なかった。
前述の映画の舞台となったダラビ(Dharavi)地区は、もともとムンバイ市の郊外に位置していたものだが、都市圏の拡大と行政府庁舎の移転に伴い、ムンバイ市の中心に位置するようになってきた。スプロール化によりスラムが都市に飲み込まれた形だ。ダラビには175haの土地に100万人が住んでいると言われるが、現在、その地理的環境が見直され、ムンバイ市の再開発エリアとして大きな計画が政府主導で進められており、今後10年以内にこれらスラムが消滅する可能性がある。これはスラム住民にとって間違いなく大きな試練となる。
今回の調査対象は、ムンバイ市の住宅問題改善に取り組むNGO団体「SPARC」とともに、政府主導のインフラ再開発に伴う強制住民移転政策(Relocation and Rehabilitation Policy)について、移転前後の生活環境を調査し、政策提言を行うことであった。
ムンバイ市のスラム住民は、National Slum Dwellers Federation(NSDF)(ナショナルスラム住民連合)という任意団体を結成し、スラム住居問題に対して州政府と交渉を行い、政府から安価で適切な住環境の提供を受けることを目的としている。NSDFとは別に鉄道沿線のスラム住民によるRailway Slum Dwellers Federation)(RSDF)(鉄道スラム連合)が存在する。RSDFはMumbai Urban Transport Programm I/II(MUTP I/II)(ムンバイ都市交通改善プログラム)に伴う鉄道路線の拡張工事に伴う移転対象住民が中心となり、適切な住居環境を確保するための任意団体として設立され、州政府に対し様々なアプローチをかけてきた。
他方、コミュニティーレベルでは、住民女性主導によるMahila Milan(MM)(マヒラミラン)という組合が結成され、マイクロセービング(少額貯金)による生活改善プログラムが機能している。具体的に何をしているかというと、スラム居住時から少額貯金を始めて、新しい住居取得時に備えたり(州政府による住宅供給プログラムでは、住民負担が10%に設定されている。)、マンション等における共益費への利用、子どもの教育や生活資材の購入に活かしている。MMは生活情報の交換や日頃の悩みを共有する場となっており、コミュニティーにおける女性同士の交流の場としても機能している。
ムンバイ市におけるスラム住民はNSDFが男性主導であるのに対し、MMは女性主導である。この二つがムンバイのスラムを代表する大きな影響力をもっていると言える。他方、ミドルクラスは特定の任意団体を持たないが、家賃の高等や狭い住環境にあって、郊外からの通勤を余儀なくされているため、不満が高いものの、不満の矛先はスラム住民に向けられている。ミドルクラスの政府に対する信任の強さは、昨5月に終わったインド総選挙の結果で明快に示されており、高い経済成長とともに所得と生活水準の向上の恩恵を受けてきた層とも言える。スラム住民に対しては都市環境のリソースを掠め取っているというネガティブなイメージを持っている。
興味深いのは、スラム居住と言う点で就業の機会が差別されないことにある。また公教育の機会も提供されている。スラム住民の多様性がそこにあり、例えば警察官や公務員がスラムに居住しているケースもあり、一様な貧困層がそこに滞留している状況ではない。人口の54%がスラム居住といわれるように、多様な経済力を持った人が住み込んでいるために、より一層スラムの多様性を生み出しているともいえる。
またムンバイ経済全体でみれば、スラムにおけるインフォーマルセクター(非正規産業)における生産性はフォーマルセクターに並んでかなり高く、また多様な生産活動を担っている。そこでは家内制手工業による水平分業が発達しており、柔軟で変化に強い生産力がムンバイ経済さらには世界経済にも貢献しているといえる。(インフォーマルセクターの生産物であっても、いったん正規のマーケットにのれば、立派な商品として流通していく。)こうした特長を踏まえれば、スラムを都市のマイナス要因として捉えるのではなく、プラス要因として理解し、都市発展の両輪として活かしていく政策が求められている。
おそらくこの辺りで生まれてくる疑問は、「ではスラムとはどのように定義されるのか」ということだ。
ムンバイのスラムに入っていくと、ゴミ捨て場や川沿いに建てられた掘っ立て小屋のような住居から、道路沿いに沿って建つビニルシートで構成された住宅、はたまた長屋のような簡易住宅(レンガ壁にトタン屋根)のようなものも見られる。ほとんどが2階立てで、1階は生産スペース、2階は住居スペースとなっている。スラムでは戸別トイレは珍しく、共同トイレがある場合が多い。水道はタンク車による配給か、共同水栓を利用している。調理にはプロパンガスや薪を使っている。電気は盗電が多いが、ある家が仕切っているケース(電力の違法接続と転売)も見られた。
タンク車による水配給が定期的にこなかったり、来たとしてもオイル等で汚染されている、近くにトイレが無いために朝方と夜にしか外で用を足せないような状況(特に女性)、トタン屋根は夏は暑く、部屋の中はサウナのような状況になるし、モンスーンの時期には河川の増水による衛生環境の悪化の影響を受ける。
スラム住宅が、通常より劣る生活環境とすれば、天候に影響されない屋根(シェルター)があって、水の通る調理場にトイレ・バスがあり、寝る場所があることが、適切な住環境といえる。
今回のRR政策の調査においてもっとも印象的であったのが、スラムから恒久住宅への移転に伴う住民の意識の変化であった。端的に言えば、移転の前後で意識の方向性が全く異なることである。またそれに伴う、住環境の大切さ、もらたす影響力を改めて感じた。スラムに居住していた際は、コミュニティーが活きており、近隣住民と共に助け合っていた環境が存在したのだが、集合住宅への移転後には、既存の住民グループ単位での集団移転に努力しているにも関わらず、共同体の結束力が弱まっていた。以前のように集会を開いても集まらない、集合住宅における居住環境に対し、責任のない住民がいるなど。また昼間から酒を飲んで酔っ払う中年男性もでてきた。衣食住足りて、なんとやらの状況といえるだろう。住居が確保されたプラスの評価は当然もっと高い。女性からすれば衛生環境や生活環境の向上が自分の時間を作り出しており、新たな生産活動への参加の場をもたらした。また子どもの意識調査からみると、学習熱が高くなっており、将来につきたい職業についても大きな夢を持っていることを聞かせてくれた。パイロット、鉄道エンジニア、ITエンジニア、カメラマン(注:男の子のみインタビュー)などなど希望にあふれている。他方で住民インタビューで印象的であったのが、以前のスラムに対する関心の薄さ。住居を手に入れたことで、次の目標に向かって邁進する姿は生活力の強さとも言えるが、残るスラム住民に対する支援を失ってしまうことは非常に惜しい状況と感じた。
こうした点で、適切な住環境を手に入れるために結束したNSDFやMMは、移転後の方針について、目的達成後の新たな方向性を模索する必要がある。これまでのように政府の政策を批判し、改善を求めていくアプローチだけでは、新しい共同体をまとめていくには弱いだろう。今回の調査終了後の提言では、こうした移転後のコミュニティーの再統合、新しい方向性(例えば少額貯金の共同体活動への応用など)を盛り込んでいる。
とツラツラ書き連ねているとキリがなくなってくるのだが、いろいろ発見と得るものが多かった調査であった。多国籍のメンバーからなるグループ調査も様々なやりとりがあり、こちらも飽きることがなかった。スラムのみにしても掘り下げ切れていない部分が多々あるが、また別の項で、細かいところも紹介してみたい。
ムンバイ写真集:
http://picasaweb.google.co.jp/littletern/SceneInMumbai#
参考資料:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A0%E3%83%B3%E3%83%90%E3%82%A4
http://en.wikipedia.org/wiki/Dharavi
http://news.bbc.co.uk/1/hi/in_depth/world/2006/urbanisation/default.stm
Friday, June 19
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