Thursday, March 9

とある日曜日、ハモニカ横丁にて

その夕方は「いせや」に行く予定だった。
かれこれ通い始めて8年目になる床屋に行った帰り、久しぶりにあの焼き鳥屋のシュウマイが食べたくなったのだった。

街を一巡りして、ぼちぼち一杯呑んで帰ろうかなと思ったとき、ハモニカ横丁に紛れ込んだ。
立ち飲み屋ブームのせいか、こじんまりした飲み屋が増えたように思う。
あれこれと看板巡りをしているうちに、ふいっとあるお店に吸い込まれていった。
とあるパスタ屋の前の、入り口に犬がつながれていたお店だった。

店は賑わっていて、ミスチルのコンサートビデオが流れている。ずいぶん懐かしい唄を歌っている。
6席あったカウンターは4人と荷物で埋まっており、そのうちの一席を空けてもらった。

職人印のビールと看板メニューの焼き鳥の盛り合わせ、今日のお勧めのモツ煮込みを注文した。

手持ち無沙汰に店の中を見回して雰囲気を探っていると、ふと席を譲ってくれた男性が話掛けてきた。
初めは何を言って、会話を始めたのだろう、よく覚えていない。

彼は8年前まで、3年間ほど八王子に住んでいたという。
今は金沢市に住んでいて、ITエンジニアをしているとのこと。

「ほくほく線」や「はくたか」の話をしてみると、会話に弾みがついた。

機器のメンテナンスで、月に2回ほど出張で東京に来ているらしい。
会社が隣の街だったので、飲みにくるのはいつもこの街だったと言う。
そのうちこの街のキャバクラの話になった。
彼が出張の度によく行く店が、近くにあるらしい。
この手の話は、嫌いではないが、実のところ、自分は行ったことがない。
知らない人と会話をすることが、極めて億劫なので、金を払ってまで話すことないものだと思っている。
彼によると、この街の子は素人っぽくていいそうだ。そしてボラれないことも良いと言う。
この時初めて、この街のそういう店の相場を知った。しかも値切りができるらしい。

子どもが3人いるという。男の子が3人。
お父さん、こんなところで飲んでいる場合かよ・・・、なんて思いながら更に彼は話を続ける。
自分に似て、母親に小遣いをせびるようになったので、自分から奥さん・子どもに小遣い配分する仕組みに変えたらしい。案外しっかりした父親だなと思った。

若い頃からキャバクラ好きだったが、最近は、もっと楽しいという。
独り身のガツガツ感が抜けた当たりが、お店の女の子への受けが良いのだとか。
自分の奥さんを褒めることで、女性は彼の同性に対する信頼感としての安心を感じることに起因するという分析だった。
彼は自信有り気に言うので、今度試してみようと思ったが、相手がいない・・・。

彼はキャバクラ以外でこの街を案外知らなかった。
「いせや」が有名であることも、「鳥良」の手羽先がうまいのも知らなかった。
ただ3次会だけは、駅南のキャバクラであることは定番らしかった。

今夜は遅めのバレンタインチョコレートを取りに来て欲しいとお店の女の子から電話があったとか。
その男には、次は「いせや」にでもと言って別れた。

彼が去ったあとカウンターの兄さんが「楽しそう会話でしたね。」と言うので、出張でたまたまこの店に寄ったらしいということを教えてやった。
「一期一会ですね」とこともなく彼は言ったのを聞いて、なんとも言えない充実感とともに、私は店を後にした。

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